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第7話 動き出す想い①

last update Last Updated: 2025-06-09 16:31:05

「痛々しいですね、その体」

 二人きりになった須藤があゆに向かって微笑んだ。

 その瞳はほんのわずかな悲しみが宿っていた。が、下向き加減のあゆはそれに気づくことができなかった。

 あゆはじっと見つめてくる須藤の視線に耐えられず、そっと窺うように見返した。

 まだ話したこともないし、親しいわけでもない。

 だが、妙にいつも見られているように感じるのはなぜだろう。

 あゆは警戒しながら小さく返事をする。

「お、お気遣い……ありがとうございます」

「無理はしないでください」

 須藤があゆの頭に手をポンと置く。

 あゆは驚いて須藤を見上げた。

 こんな風に誰かに頭を撫でられるのはいつ振りだろう。

 あゆは気恥ずかしくて俯いてしまう。その顔はみるみる赤くなっていった。

「先公のくせに何してんだよ!」

 突然、廊下中に響きわたる程の大きな声がとどろいた。

 二人は声の方へ振り向く。

 そこには、同じクラスの大川大地が物凄く鋭い目つきでこちらを睨んでいた。

 こ、恐い。あの目は苦手だ。

 あゆが一歩後退する。

 怒っている様子の大地はどんどん近づいてくる。

 あゆの目の前に立った大地は、須藤の腕を勢いよくつかんだ。

「生徒にこういうことしていいのか?」

 大地が睨んでも、須藤は平然と柔らかな微笑みを向ける。

「お気にさわったのならすみません。

 どうも、私は節度がないようで。

 木立さんは一生懸命で頑張り屋さんなので、つい」

 大地のこめかみに血管が浮き出るのが見えた。

 あゆはこの場から逃げたかった。

 なぜ私はこんなことに巻き込まれているのだろう。

「そういうことを、教師が言っちゃ駄目だろうがっ」

 大地の怒りが頂点に達しようとしているとき、あゆの恐怖は頂点に達していた。

 あゆの顔が青ざめていく。

 その様子に気づいた須藤がわざとらしく言った。

「あ、そうそう。私、教頭先生に呼ばれているんでした。今思い出しました。

 では、急ぐのでこれで」

 わざとらしい台詞に、大地があきれた表情で須藤を見つめる。

 須藤はそそくさとその場から離れていった。

「あ、てめえ、逃げるな! 話は終わってねえ!」

 大地が須藤の背中に向け、叫ぶ。

 須藤は二人にひらひらと手を振ると姿を消した。

「逃げたな、あの野郎……」

 大地はまだ怒りが収まらない様子で、須藤の消えた場所を睨んでいる。

 あゆはこの場から早く去りたかったが、恐くて足が動かなかった。

「……大丈夫なのか、体」

 大地が静かに口を開いた。

 さっきの口調とは違う優しい声音だったので、驚いたあゆが顔を上げる。

 あゆと大地の瞳が交わる。

 そう言えば、あゆは大地のことを怖がってばかりで、しっかりと目を合わせたこともなかった。

 こうして見ると、優しい目をしているんだな、とあゆは大地の瞳をまじまじと見つめた。

 すると大地の顔がみるみる赤くなっていく。

「な、なんだよ、そんなにじっと見るな」

 照れて顔を背ける大地は、全然怖く感じない。

 それどころか、なんだか可愛くさえ思ってしまったことに、あゆは驚いた。

 意外な一面を発見。

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